SE Can't Code

A Tokyo based Software Engineer. Not System Engineer :(

愚痴を言う人を好きになる。

 

僕は愚痴を言う人が好きだ。

しかもかなり理不尽な愚痴を言う人が。

 

例えば「アイツ気取ってるから好きじゃねえんだよ。内容はどうでもいいだけど、とにかく喋り方が嫌い。口を閉じてろって思うね」なんていう一方的な愚痴だとかが飛んでくると一人聴きながら盛り上がってしまう。

 

 

 

人間的な理想としては、他人に対する愚痴なんてものは言わずに、逆に他人の良い部分に対して話をする、というスタイルが好まれるのだろうが、僕はあまりピンと来ない。というか楽しくない。その理由はわかっている。

 

 

 

僕は誰かと話をする時、"目の前"にいる人の話が聞きたいからだ。

第三者の話ではなく、目の前にいる人の。

 

 

 

目の前の人が第三者の良いところ素晴らしいところの話をしている時には、その目の前の人自身の情報はあまり入ってこない。

「あいつすごいイイやつなんだよ。この前さ...」「あいつ頭いいよなー。だってさ...」

僕はこれらの話には基本うんざりしている。これらの話はその第三者を中心として展開されるからだ。まるで宗教を相手にしているような感覚。その第三者は確かに素晴らしいのだろうけど。

 

 

愚痴はこれとは違い、目の前にいる人の情報が沢山詰め込まれている。

なぜ嫌いだと思ったのか、なぜ気に食わないのか、といったことは話し手を中心に話が展開される。

「あいつ嫌いだわ。」

その言葉を聞くだけで、僕は一人盛り上がる。なぜ嫌いなのか、そこから展開される目の前にいる人間の人間性というものが露になるからだ。特に嫌いな理由が感情的(論理性がない)であればあるほど、面白い。自分にはない感情に触れることができる。理不尽さは愚痴を最高に面白くする。

 

 

 

 

そういう愚痴的会話が繰り広げられた際には、僕はニヤニヤしながら聞いている。

目の前にいる人間が自分に心の膿を見せてきているあの感覚。

 

 

 

僕は、目の前にいる人以外の情報はあまり求めていない。あんたの事を聞きたいんだ。他の人はどうだっていい。愚痴は、その人を表す。だから僕は愚痴を聞く。ニヤニヤしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな僕はどうも捻くれているらしい。

 

どうもありがとうございますた。

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