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SE Can't Code

A Tokyo based Software Engineer. Not System Engineer :(

時代への反骨。

 

 

「若い時というのは、なにかと反抗していたいものなんだよ」

 

 

僕は今、高温現像という粗粒子を効用として出すことができる現像方法をしています。

時代は、画素数画素数・・・上げて上げて・・・と、僕達の網膜が映し出す画を限りなくリアルに近づける写真を目指しています。最早もう上げる必要もないと感じるほど。そんな時代に反して、僕は非現実的な写真を作りあげようと必死なのです。粒子が見える・・・むしろ粒子が邪魔!という域に行きたくてしょうがない。粗く粗く・・・呪文のように口ずさみながら、ひたすら攪拌をしています。想いを乗せて。

 

 

粗くしてどうするの?なにがいいの?と問われると、困りますね。

 

んん・・・

 

 

 

 

 

多分、複雑にしたいんだと思います。

被写体一つがシンプルに収まっている画だとしても、複雑にしたいんです。

 

 

だって、この世はあらゆる要素が複雑に絡み合っているのだから。

 

そして、反骨精神。

 

 

 

これが自分を表すのに今適しているのではないかな、と思うわけです。モラトリアムが終わる寸前に在ると、この世がいかに複雑に絡み合っているか、そんなことが自然と昔より見えてくるんです。ラーメンを食べる時なんで、絡み合っている麺を見て、「ああ、この世はなんて複雑なんだ」と溜め息をついてズルズル。プラス天一のラーメンを食べている時なんて、あのドロっとしたスープが社会に蔓延る人の悪意のように感じてしまうのです。それに人が頼んだラーメンは頼みたくない、差別化意識とも取れる反骨精神。流れに身を任せてしまうといけない気がして、周りを自然と睨みつけるようになりました。差別化を図らないと生きてはいけない。そんなことを思ってしまうわけです。ラーメン食べながら。あ、おっちゃん、チャーシュー追加ね。あ、二枚でお願いします。

 

 

どれもこれも起因するところは、強迫観念なのかな、とも思えてきます。

自信があるように見せているのは、不安がっている自分を隠す為なのです。

 

 

 

 

そんな不安への些細な反抗もまた、高温現像へ行き着いているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただの反抗期。

 

これから一人で生きてゆきます。

 

 

 

どうもありがとうございますた。

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