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SE Can't Code

A Tokyo based Software Engineer. Not System Engineer :(

アイヒマンの例に見られるように。

 

 

社会人になって、考えることがある。

責任とは、どういった形をしているのか。

どのように変化をするのか、どこから生まれるのか。

 

 

僕は過去、この"責任"というものの一端に、触れていた。

一昨年の寒い、冬の季節に。

しらす・・・いや、師走の時期だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、サークルの引退の頃の話。

 

当時の僕は、一人、ドンキホーテの如く、風車に突っ込んだ。

 

 

 

僕はとあるサークルに所属していたのだが、最後の最後で結局一人ストライキをし、犯罪者のような位置づけとなってこのサークルをめでたく引退することとなった。傍から見れば、子供のような振る舞いをしてしまったのだが、事実確かに僕は子供であった。当時の僕はまだまだ20代になったばかりの若輩もので、気に食わないことは気に食わないし、嫌なものは嫌だっだ。そうして起こした行動は、"一人ストライキ"というなんとも寂しい自爆テロみたいなものだったと言える。サークル仲間が楽しく真冬の鴨川で大円団を組んでいる頃、僕は女友達の家のソファの上にいた。

 

しかし一見負け組のように見えた僕だが、

ハッキリ言って、ソファの上にいた僕は勝っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

と、ドヤ顔な与太話はこの辺にして、本題へ。

 

 

この時の問題であったことは、"責任"に対する考え方・態度であった。

簡単に説明すると、上回生が本来参加していなければいけないイベントに全く参加せず、上回生としてそれどうなの?!責任を果たしてないんじゃないの?!といった問題だった。そうして後輩達により問題提議がされ、説明責任を追われた上回生達・・・どうする?!、というのが大まかなあらすじである。(発言のジレンマが引き起こされそうなので、詳しくは書かない。)

 

当時の僕は上回生の立場であったのだが、むしろ後輩と一緒になってプンスカ怒っていたし、またパイプ役として工作活動を行っていた(ex, 中枢の後輩と話し合い、上回生へメール発射...etc)。まぁ結果、僕は女のソファの上にいて、決して実を結ぶことはなかったのだけれど。

 

 

しかしその工作活動の中でとても印象深かい、今回のテーマとなることがあった。

それはとある上回生(Xとする)へ以下のメールを発射した際の返信メールの内容だ。

 

 

 

 

僕「僕らは先輩としての責任を果たしていない。」

 

X「私は十分責任を果たしているし、果たしてきたと思っているけど。」

 

 

 

 

ここで僕は気付いた。

そもそも、後輩側の上回生の責任に対する考え方と、上回生の自分達の責任に対する考え方の乖離が存在していたのだ、と。後輩側は、彼らにある程度までの責任レベルを要求したが、彼ら上回生側はその責任レベルを下回るところに自分たちのボーダーを引いていたのだった。だからこそ、後輩達に反旗を翻されるまで何が起こっているのか気付くことは出来なかったし、最終的な落としどころもわからずに終わってしまった(と少なくとも女のソファの上で過ごした僕は思っている)。

 

 

 

 

このメールを受け取った時、僕はふとミルグラム実験のアイヒマンを思い出した。

彼は大量のユダヤ人を虐殺したが、それは命令された大量殺人の「処理」をただ官僚的に行っただけだという認識でしかなく、自身に責任感覚は生じていなかった。責任の範囲、事実の巨大さを「想像」することができない者には、責任は生じない。そして彼は無実を主張し続けた。

 

 

 

物事は関連し合っていて、一つの事象は他の事象へと影響を与え、また他の事象へと影響を与えていく。そしてそれは小さくなりながらも続いていく。しかしそれを全て自分の目で確認することはきっと不可能であり、後は想像力次第で大きくもなり、小さくもなっていく。

このサークルの問題はまさに同じことが言える。上回生の想像力は、小さい範囲で収まってしまい、それ以上の責任は生まれなかった。だからこそ、上回生としての責任の範囲をはき違え、問題が問題であるということの認識が弱く、この騒動が起こってしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

In dreams begin the responsibilities.

 

イェーツの言葉にある通りだと思った。

 

 

 

想像力の無いところに、責任は生じない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

想像力を養うこと。

 

これは社会人となった自分にとって、より重要なことだ。

ただの処理にせず、自身の行う全てのことに思いを馳せよう。

 

 

 

 

最後に、

これは戒めであって、過去の出来事を掘り返し、他人を卑下するものではない。

 

とだけ言わせて頂きたい。

 

 

 

 

 

どうもありがとうございますた。

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